これ書くの体力要るんですよ。
その割に一日で流れてしまうのがブログの悲しいところです。
そんな本日はドン・アルビンソンさんについてです。
Knoll USより拝借 |
1921 - 2008
以前ですね、ハリー・ベルトイアさんのことを書いたときに、もともとEames Officeにいて、それからKnollに移動した人ですって説明したじゃないですか。
もう一人そんな人がいらっしゃいまして、それがドンさんです。
彼はミシガン州のスパルタという場所で生まれました。
1939年にクランブルックアカデミーに入学し、そこでチャールズ・イームズ、レイ・カイザー(チャールズと結婚する前なので旧姓です、レイ・イームズのことです)、エーロ・サーリネン、ハリー・ベルトイア、etc、後から考えるとそうそうたるメンバーと出会っています。
後の彼の妻、ナンシー・ブレアウィルコックスさんともクランブルックで出会っていますよ。
1941年のMOMA主催の家具コンペでイームズ、サーリネンの作品にも彼の働きがあったそうです。
それから第二次世界大戦でパイロットをして、終戦後はロサンゼルスに家族ごと移動し1946年からEames Officeで働き始めます。
そこから1959年までの13年間リードデザイナーとして活躍します。
プライウッドスクリーン、アルミナムチェア、DCMなど彼の尽力みたいです。
それから以前からソファコンパクトもドンさんのデザインだって言われてますけど、証拠の資料は持っていません。
8年ぐらい前に言われているのを覚えていただけなんですけど、違ったらすいません。伝承みたいなもんですので。 (誰か証拠を持っていたら教えてください。)
そのあと、ハーマンミラー社の工場長をやったそうです。
そして1964年に家族ごとペンシルバニア州に移動し、Knollで働くことになります。
彼にはデザインディレクターの地位が用意されたいたんです。
そうKnollが彼を必要としていたんですよ。
そんなKnollで生まれた彼の名作チェアがこちらです。
こっちもKnoll usより |
とうとう彼の名前がデザイナーとしてのり製品化されました。
1964年にデザインされ1965年より発売されましたみたいです。
残念ながら現在は発売されていません。
イームズオフィスで実力を奮っていた経験を活かしながら、彼独自の機械的な美しさのあるスタッキングチェアですよね。
”彼は、ディティールの隅々まで、工作上の技術をマスターしていた。
彼のデザインには、技術上のためらいがまったく見られない。
とKnoll社開発部長はコメントしています。”
引用 ハーマンミラー物語
Knollではプロダクトだけでなく様々なプロジェクトなどにも関わり、1971年にKnollを離れ独立しました。
その後もこの業界で数々の実績を残しましたよ。
ということで、影の実力者です。
イームズ的にもハーマンミラー的にもノル的にも重要な存在でした。
なんとなくでも覚えておいてください。
そんな訳で冒頭にも書いた通り、Eames Office → Knollに移動した人は二人いるということでした。
知らないだけもまだいらっしゃたりしますでしょうか?
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