どうしてお店を開業したか②


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https://blog.casestudynagoya.jp/2026/06/blog-post.html 

開業したは良いものの、何か見込みがあってのことではないので手探りでした。

最初に仕入れをするお金が無かったのですが、この空間を作った方法は2つ。


まず一つ目が前にこのビルの2階にあったChairsのハーマンミラー家具をそのまま買い取りました。

しかしお金が無いので、頼み込んで毎月の支払にしてもらいました。

そしてちょうどこのタイミングで顧客より自社のオフィスの引っ越しがあるとのことで、使われた家具を大量に引き取って委託販売をすることになりました。

この2つのやり方で展示物が充実したお店を始めることができました。


なお、どのぐらいお金が無かったかというと、最初の家賃まで支払いをした状態で、翌月分の家賃の支払いが出来ない状態でした。

通帳の残高が数千円でした。(のちに数百円まで落ちることもありました)


だから7/6から月末までで、まずは家賃の支払いが出来なければアウトでした。

最後まで滞納は何もしたことがありません。


私自身もお金が無かったため、当時は実家から通っていましたが、通勤をする電車代がありませんでした。

そこでかなりの距離があるのですがバイク通勤をすることにしました。

千円づつガソリンを入れて、満タンにしなくても何往復は出来ましたので、なんとかそれで通うことにしました。

最初の夏場は暑くて大変でしたが、問題は冬です。

氷点下になってもバイクで通勤するしかないので、もう本当に地獄のような寒さを繰り返していました。

もちろん朝から深夜まで、一日も休みなく働き続けました。

これが正月もなく、何年も働き続けました。


取引メーカーですが、前職とかかわりのあったメーカーと各自交渉をして、契約してもらいました。

中には個人でやるのなら不可と断るメーカーもありました。

あるいは、こちらから辞めるメーカーもありました。


お金がない以上、在庫を仕入れるのも難しいし、本当にだましだましで続けていました。

あとはひたすらブログを書いて、それで売り上げを成り立たせていました。


私自身は人当たりが良いので、1人独立しても業界でなんか渡り合っていけるようにお金が無いながらも東京に頻繁に行き話をしていきました。

そのうえで、あれだけのラインナップを販売できていました。


でも商売元である名古屋ではほぼ同業とは関係を持たないようにしていました。

これは結局、最後まで名古屋どころか愛知県で同業とは距離をとり続けることとなりました。


理由はこんなことがあったからです。


開業前にあるNPO団体のイベントに参加した時に、その企画の講師役が名古屋のインテリアショップのオーナーでした。

私はイベント運営側に知人がいたので、オーナーに私を紹介してくれました。

知人は私を「今度インテリアショップを始めるんですよ」って。

そしたらそのオーナーは「潰してやらな」とニヤニヤ話してくれました。

「潰してやる」だったかも。

どっちにしても、冗談だとしても聞きたくないことだったので私はショックをうけ、それで名古屋、ひいては愛知の奴らとは関わらない!と心に決めました。

今もやっているショップのオーナーです。


愛知は広げすぎでしょと思うじゃないですか?


だって、そのオーナーも参加するインテリアショップコミュニティみたいなのがあって、そこで”愛知のインテリアを盛り上げる”とか集まってやっているんですからね。

バカみたいだなと思っていました。


もちろん、横のつながりがないのは本当に商売をするうえでは難しいし大変です。

そのうえ、そういったコミュニティに居ない私なんかは攻撃対象になるので、また別の周辺のインテリアショップをやっているところと法人物件がバッティングした時に、わざわざメーカーに「case study shpでは買いたくないと言っている」と伝えて暗に私へ売らせないように圧力をかけたりとかもありました。


ただこれもコロナの時に生き残れた要因にはなりました。

私は最初から人づきあいや地元やコミュニティを無視して商売をしていたので、コロナで人との交流が遮断されてもあまり関係なく、むしろ私に有利へと働きました。


こんな始まりでしたね。


それにしても書けない話が多いです 笑

これでも!?と思いました?そうなんですよ、この程度はいくらでも書ける話で、もっとタールぐらいドロドロした話があります。

基本的に私が大変な目に合っているだけですけどね!


またいつか続きを書くかもしれません。



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